焦りを感じる理由

中学の時、原宿の道ばたで易者さんに手相を見てもらったことがある。手相占いと言っても皺だけでなく、手のふくらみやその人の手の出し方開き方、顔の表情まで見るのだそうだ。その時は色々思い当たる事を言われて、ドキッとしたものだった。易者さんは良い事しか言わないと思っていたが、思いきり悪い事も言われた。

普通働いたり苦労したりしないでよい子供のうちは、運命線は全くないか、あってもか細いのだそうだが、私の運命線は太くてまっすぐ中指に届いていた。これは男だったら天下筋と呼ばれて最高なんだけど、女性の場合は手放しでよいとは言えないとの事だった。

その上生命線がか細くて短いから、あまり無理をしすぎると身体を壊したり、40代くらいで死んでしまったりするかもしれない。でも手相は変わるから、自分の心がけ次第で運命を変える事は可能だと励まされた。

大きな野望を抱くと、もっと大事なものが失われるから気をつけろと言われたが、別に大きな野望なんか何もなかったので、深く信じもせず、しかし心には残っていた。

そして月日は流れ18になった時、友人のつきあいで高名な易者さんの自宅まで、再び手相を見てもらいに行った。

見料はかなり高かったので、それなりにちゃんとした人なんだろう。つきあいじゃなければ絶対に行かないところだけど、友人は切羽詰まっていて、どうしても付いて行ってあげなければならなかった。

ところがこの時、原宿の易者さんと全く同じ事を言われて愕然としたのだった。

易者さんは、私の手相が珍しいと驚いていた。運命線がくっきりとまっすぐに中指に届いているのは、何%か忘れたがかなり稀だという事だった。しかも両手とも、私の運命線はまっすぐ中指の根元までのびていた。

これは天下を取る相なのだそうだ。またこれまで相当な努力や苦労をして来た証でもあるという。だから赤ちゃんには運命線はないのだそうだ。(なるほど夫には運命線がない)

男性であれば向かうところ敵なしの独走体勢でメキメキと成功をおさめるだろう。しかし、女性であることが禍いして、かなりの波瀾にまみれた人生を送る事になるだろう。社会は女性が成功する事をよしとしない。それでも立ち向かって行った事柄に対しては、必ず成功出来る運命である。

太陽線(だったかな?)も長く、薬指に真直ぐ届いていて、遺産相続や一獲千金等で大金を手に入れる運も持っている。

と同時に、大器晩成の相も出ており、若いうちには迷いや妨害が多い事を暗示している。

もし、生命線が強ければそれでもよいが、生命線は手のひらのまん中当たりですーっと消えている。短ければ必ず短命とは言えないが、他の部分から考えあわせても、このままでは生きて40代まで。その前に他者の妨害によって命を落とす可能性もある。それを切り抜けて他のことには脇目もふらず努力すれば、40までに成せるだろうが、成功しても死んでしまっては意味がない。

概して英雄は短命である。野心家で人の上に立つという相も出ている。けれど、出来ることなら多くを望まず決して人の上に立とうとせず、才能のすべてを抑えて生きた方がいい。そうすればかならず運命は変わって寿命がのびるはずだ。

成功して若死するか、ほどほどに長生きするか、選ぶのは自分だと。

本来ならそこまでは言わないのだが、あなたはまだ若いし早死にさせるには忍びないというような事を言っていた。

それともう一つ、真実の愛情を手に入れようとするな、と言われた。愛情をかけた男が報いてくれない場合、どちらにしても40代で死ぬ事になると。

手相に変化が起こったらもう1度来なさいと言われたが、もうそこには2度と辿り着けなかった。何度歩いても、同じところをぐるぐる回ってしまい、易者さんの家がどこにもない。友達に聞いても、そんなところに行った事はないと、本当に覚えていない様子なのが、不思議だった。

そんなに真剣に受け止めたわけではないし、多くは望んでいないので問題ないだろうと思って20代のうちはあまり思い出さなかった。

実はここ10年の間に私の手相は大きく変化した。なんと右手の運命線は中指に達する直前で大きくずれて、その先は二つに割れ、生命線はくっきりとのびた。しかし左手は相変わらずだった。ほんの気持ち、生命線がのびてはっきりした気もするし、運命線も薄くなったが、寿命40が50になったところであまり変わらない気がする。

易者さんは言った。もし左右で違った変化を見せた時は、左手を信じるようにと。

全く変化を見せない左手を信じるということは、早く死ぬということだ。

もちろん全面的に信じているわけではない。しかし、二人の易者さんは全く同じ事を言ったのだ。まるで信じずに生きていたら、見てもらった意味がない。

何をもって成功とするのか、私にはわからない。私があれほど望み続けた願いも叶わなかったし、やっぱり手相なんてアテにならないと言う事も出来る。でももしも本当に40代で死んでしまうなら、今何をしておけばいいのだろう。

私はとくにこれといって成功もしなかった。それほど波瀾だらけの人生でもなかったし、人の上に立とうとなんかして来なかった。それどころか人のいるところは避けて来たし、競争の場にも出なかったではないか。それでも左手の生命線はのびなかったし、運命線は真直ぐ突き抜けている。

大器晩成であるなら、これから40までに何かをなし得る可能性があるのだろうか。それとも間に合わず死んでしまうのだろうか。

もしも40まで(あと6年半)しか生きられないのなら、私は思い残すことがないように、あらゆる事をやっておきたい。

私が日々求めていた小さな欲望は、いつでも叶わない唯一の希望の代替案だった。1度は諦め、平和な暮らしさえ出来ればそれでよいと考えた頃もあったのだ。けれどずっとずっと私が1番欲しかったのは、私を無条件に愛してくれる運命の人との出会い、それだけだった。

それは私にしかわからない基準だし、常識的に間違っているのかもしれない。

それは誰もが昔信じていたお伽の国の幻想で、とっくに現実じゃないと知っているはずだ。それなのに、夢見る事をやめられない。

求めるのは結婚相手に望むような人でも、恋人に望むような人でもない。心さえ満たしてくれれば身体もいらないしお金もくれなくていい。

なんて小さな望みなんだろう。何でも成功するというなら、たったこれだけのちっぽけな望みが成就しないのはおかしいじゃないか。努力が足りないと言うのなら、何でもするからどうすればいいのか教えて欲しい。

そう思ってからハッとした。真実の愛を求めては行けないと…このことか。

本当は、思い込みでも勘違いでもいいから夫に心を満たして欲しかった。偽りでも私がそう信じられるように、夫には色々な注文を出した。一生懸命努力はしてくれているのだろう。でも夫ではダメだった。

私は何度も全身に鳥肌がたつような絶望感を味わい、夫が幸せそうに眠っている横で一晩中眠れず一人で泣き、やがて夫に心を求める事を諦めた。諦めたら苦しさは消えて、日常生活で心を傷つけられる事はなくなった。ムカつく事はあっても悲しむ事はもうない。

40なんてまだまだ先だと思って安心していた。でもふと気が付くと目の前だった。

あと6年半、最後の悪あがきをして、それでも心を満たしてくれる人に出会えなかったら、この世に未練を残したまま死んで行くのだろうか。それとも何にも成功しなかった代償として、その時こそ生命線がのびるのだろうか。それとも、出会えたときこそ、死が待っているのだろうか?

信じているわけではない。でも、信じていないわけでもない。

だから何でもやってみる。どこへでも出かけてみる。私の心に響く何かが、そこにはあるかもしれない。私の求める唯1人の人が、そこにはいるかもしれない。儚い一縷の望みを抱いて、今日も夢見る乙女(心だけ)は、あと6年半の生き方を模索している。1秒の眠りさえも惜しんで。

だから太ってる場合じゃないのよぉ。←最後までシリアス保てよ

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