思春期小説〜不要家族
不要家族 第四話
少し落ち着いたのと、食べ物がなくなってしまったので、あたしは何か考えなければならなくなった。
母も少し落ち着いて来たし、弟は憔悴しはじめていた。
あたしはまず、携帯を見た。
メールが山ほど来ていた。環から、香苗から、恵子から。涙が出そうなほど嬉しかった。みんなあたしを忘れずに、励ましの言葉をかけてくれていた。
あたしは今の今まで、友達のことはすっかり忘れていた。それどころじゃなかった。だけど、こうやってふとした時、励ましてくれる友達がいるってことを思い出すと、無性に嬉しくてたまらなかった。
柄にもなく、涙がこぼれそうになった。
あたしはメールを出しまくった。
それから三人が、差し入れを持って来てくれた。報道陣のせいで、家に入るのは相当大変だったが、お陰であたしたちは三日ぶりに、人間らしい食べ物にありついた。
母と弟は、もっと長い間家にあるもので食い繋いで来たのだろう。フライドチキンや、ハンバーガーや、お弁当や、ケーキや果物、そういったものを貪るように食べて、弟が久しぶりに笑った。
環達のところには、警察は事情を訊きにやってきた。香苗と恵子は、あたしや環のことをしつこく訊かれたそうだ。
環はもっと酷かった。あたしよりはマシだったが、ジュンとつきあいがあったことで、警察まで引っ張って行かれて、長い間事情聴取された。
でも、たまたまアリバイがあった。その同じ時刻に、環は新宿で、別の男と会っていたのだ。普通ならアリバイを証言してもらえるとは思えないが、その日環が会っていたのは、自分の父親だった。もうすぐ来る環の誕生日のプレゼントを買う為、環と父親は銀座にいた。
ジュンが殺された六時から七時前後には、資生堂パーラーで食事をしていたのだった。店員の何名かが二人を憶えていて、証言してくれたのだった。
こういう時、憶えていて貰えるんだから、やっぱり美人は得だ。
三人が帰って行くと、あたしは、母の代わりに現実的な事を考え始めた。
親父から貰っていた二十万がなくなると、あたしたちは途端に生活出来なくなる。あたしが援交で稼ぐって手もあったが、もうこんな目に合うのは懲り懲りだった。
あたしは母に、家を売って遠くへ引っ越そうと持ちかけた。どのみちもうこの近くには、住んでいられなかった。
「引っ越して、仕事を捜して、それで親父が刑務所から出て来るのを待っていてあげようよ」
と、あたしは言った。
それまで、何を言ってもぼんやりしていた母が、その一言で突然正気に戻った。いや、別に狂っていたわけではないので、この表現は適切でないかもしれない。でもあたしの目には、そう見えた。
「あの人を、待って?」
「そうだよ、お母さん。たとえ人殺したって、親父は親父だし、今度こそきっとお母さんのところへ帰って来てくれるよ。だって親父はあたしを助けてくれたんだから。そうでしょう?」
あたしは思っても見なかった言葉に、自分でも驚いた。けれど本当は心の奥で、親父があたしの為に自首してくれたのだと思いたがっていたのだと、気がついた。そしてその事がどんなにあたしを嬉しくさせたかについても、認めざるを得なかった。
結局のところ、あたしたちはずっと親父に見捨てられて来たと思っていた。それはそれで仕方のない事実だし、親父なんていなくても金さえあれば問題ないと思って来た。思って来たはずだが、それは、無理矢理思おうとしていただけなのだと、やっと気付いたのだ。
あたしは正直じゃなかった。その点では狂っていると言われつづけた母が、誰より一番正直だったかもしれない。母はいつだって、親父を待っていた。心から、親父を欲していた。
あたしだって、本当はそうだったのだ。期待しないようにする癖が、いつの間にかついてしまっただけで。
本当に親父があたしたちのところへ帰って来るのかどうか、確信があったわけじゃない。
人殺しするほど愛している女の元に、再び戻ってしまう可能性の方がずっと高かった。
けれど。
ほんのちょっぴり、あたしは親父を待ってもいいんだと思い始めていた。
自首をしたその時に、親父は女よりあたしを、家族を選んだのだ。その瞬間、そう、まさに親父があたしに微笑みかけたあの瞬間、あたしたちは不要な家族じゃなくなって、本物の扶養家族になったのだ。そう思いたかった。
「ねえ、お母さん。あたしも出来るだけ働くから、お母さんだって仕事を捜してみようよ。そうやってあたしたちだけでがんばって待っていたら、親父だって絶対うちに帰って来るはずだよ」
「……そう、ね」
「そうでしょ。この家を売って、もっと田舎に小さな家を買って、みんなで仕事をして」
一度言葉を切って母の反応を見た。あたしの目をじっと見ているが、懐疑的だ。
「大丈夫、出来るよ。家は古いけど一応東京都だもの。売れば郊外に家を買えるはずだし、残ったお金で聡を大学までいれてやれるはずだよ」
ほんの僅かに、母が眉をぴくりと動かした。あたしは畳み掛けるように、付け加えた。
「お母さんがパートで十五万、あたしがバイトで五万稼げば、今までと同じ水準の暮らしは出来るんだから」
「久美……あんた、いつの間にそんなにしっかりしたの」
母は呆然と放心していた。
「お母さんがね、ボーッとしている間にだよ」
あたしが目配せすると、母がクスっと笑った。
母の笑顔を見るのは、何年ぶりだろう。もしかしたら初めてじゃないだろうか。そんなことを思いながら、あたしは付け加えた。
「大丈夫、出来るよ。あたしたち、家族なんだから」
母にというよりは、自分自身に言った言葉だった。
