恋愛小説〜ミレニアム
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恋愛小説〜ミレニアム
エピソード1
家庭教師先は都内の元農家だった。土地成り金というやつでお金に困っていなかったが、相続問題やらの関係で、細々と農家も続けていた。
娘の容子は、お嬢様学校に通う高校一年生。勉強もしないで男漁りばかりしていた。いつも学校から帰って来なくて待たされる。親は畑で忙しいから、娘はやりたい放題。しかも都内の農家は、アパート経営やら駐車場経営やらでお金持ちだった。娘は親からクレジットカードを渡されており、好きなようにお金を使う事が出来た。
学校内に同じように遊んでいる子は半分以上だという話だった。真面目な子もいるが数は少ないと言う事だ。お嬢様学校だと思って入れた親が気の毒になる。容子の話を百%真に受けはしないが、少なくとも彼女の周辺は、乱れ切っている。
容子は私がいる二時間、勉強そっちのけで男の話ばかり聞かせる。さすがにテスト前は少し勉強するが、それ以外はやる気ないといって、決して勉強しようとはしなかった。
私は数学を見ていただけだが、確かに受験にも必要無い数学を真面目に勉強しようとは思わないだろうから、容子の好きなようにさせた。勉強は誰かに無理矢理強制されてするものではない。私にはそれがよくわかっていた。強制しても、本人にやる気がなければ、何もしないのと同じだった。
テスト前には友達を呼んで、一緒に勉強をする習慣になっていて、その時だけは私も先生らしく因数分解を教えた。来る子はいつも同じで、容子が理沙と呼んでいたので、私も彼女を理沙と呼んだ。名前負けした大柄で不器量な女の子だ。
容子は美人ではなかったものの、長身で足もすらりとしており、バストも豊かだったし、若さ故のかわいらしさも持っている。だが理沙はお世辞にもかわいいと言える箇所はない。だみ声で喋り方も男の子のようだった。
理沙は容子にもまして男好きだった。勉強中に、
「ああーーー、身体が疼くぜ」
と突然大声をあげるのも、最初は何事かと驚いたが、そのうち慣れた。
「お前さ、ちょっと痩せろよ。そのままじゃヤバいよ。デブだから男出来ないんだからさ、痩せればいくらでも紹介してやるよ。な?」
容子は理沙が雄叫びをあげる度に、あきれ顔でそう言った。
実際容子は三ヶ月おきくらいに新しい男をゲットしていたが、理沙はいつも行きずりだった。理沙が続けてつきあいたくても、相手が一回きりで連絡先も教えず逃げるらしい。
「昨日の奴さ、相当タイプだったのによ。くそー逃げやがって。見つけたらただじゃおかねえ」
大柄の理沙が凄むと迫力があった。
「やる前に携帯くらい聞けよな」
「そん時はやる事しか頭にねえんだよ、ばーか」
「ばかはお前だ、デーブ」
「んだと? 言わせておきゃいい気になりやがって。自分が痩せてっと思っていい気んなるんじゃねえ」
「悔しけりゃ痩せろよ」
「うるせえ」
会話だけ聞いているとまるで喧嘩をしているようだが、これは彼女達の日常だった。喧嘩をしている訳ではないのだ。それも戸惑ったのは最初だけで、すぐに慣れた。
彼女達は私には多少丁寧な言葉で話す。少しは気を使っているのだろう。でも話している内にだんだん地が出て来るから意味なしだ。
「ねえ先生、今度クラブに連れてってやるよ。行った事ないだろ?」
ある日容子がそう言った。
「ディスコならあるけど」
私が苦笑して答えると容子は馬鹿にしたように笑った。
「今どきディスコなんて言葉使うやつ誰もいないよ、先生まだ二十一じゃん。しかもさ、いい大学入るために今までお勉強ばっかしてたんだろ。パーっと遊ぼうぜ。あたしがおごってやるよ」
容子は気前よくそう言った。
親は容子が夜の繁華街で遊び回っている事を知らない。家庭教師として私は、容子の夜遊びを止めるか、親に忠告すべきなんだろう。だがそうする気にはなれなかった。
容子の言う通りだった。私は今まで門限が厳しくて、夜遊びなんか一度もさせて貰えなかった。ディスコだって大学に入ってから一回行ったきりだ。いや、今はもうディスコじゃなくてクラブと言うのだった。そんな事を考えていると、容子は再び私の返事を促した。
「先生怖いんだろ。もしかしてバージン?」
「なによ、悪い?」
私はちょっとムキになっていた。二十一にもなって十六の子供相手に本気になるなんて、馬鹿げている。でもクスっと笑われたのが妙に癪に触った。
「私は男遊びなんかするつもりないからね」
ちょっと意地悪く答えたが、容子は気にしていなかった。
「じゃ遊ばなきゃいいジャン。別にクラブ行ったからって男引っ掛けなきゃいけないって訳じゃねえしよ。でもさ、先生免疫ないからコロっと騙されたりしてね」
またもや容子は癇に触る笑い方で言葉を切った。
「そんな事ないわよ。私だって彼氏くらいいるんですからね」
言わなくていい事をつい言ってしまった。
「ゲ、マジかよ。何で彼氏いんのにバージンなんだよ。そいつおかしいんじゃねえの」
「だってまだつきあって三ヶ月しかたってないから……」
「うっそー! 三ヶ月も経っててバージンな訳ねえよ。なんだよ先生、経験あんじゃんか」
容子は私の言葉を大きな声で遮った。
容子の部屋は離れにあって私達の他に誰もいなかったので、声が聞こえる心配は全くなかったのだが、私は思わず辺りを伺ってしまった。私にとってセックスはタブーだった。
たった五才しか離れていないのに、私は既に過去の遺物のようだった。
「彼はそんな人じゃないのよ」
慌てる私を面白がって、容子は更にからかった。
「先生、顔赤くなってやんの。かわいい〜」
「もう、止めてよね。話題を私に振るんだったら無理矢理勉強させるわよ」
「なんだよジョークだろ。んな事で怒んなよ。それよかさ、クラブ、行くだろ?」
「わかったわよ。行けばいいんでしょ。どうせ何も知らない私を馬鹿にするつもりなんでしょ」
私は溜め息をついた。でも本当は少しだけ興味もあった。容子の自慢の彼にも会ってみたかった。
「よっしゃ、んじゃ明日七時に渋谷ハチコウ前ね」
「ええ? そんな急に」
「だってさ、時間経つと先生、怖じ気付きそうジャン」
容子はニヤっと笑った。
「先生〜その格好は何だよ。クラブ行くんだぜ、わかってんの?」
慣れない人ごみに突っ立っていた私を見つけて、けばけばしい化粧の女の子が近付いて来た。裸のような格好をしている。それが容子だと認識するまでに、私の頭は数秒かかった。
「な、何その格好!?」
私は思わず大きな声を出していた。
「イケてるだろ。さっき着替えたんだぜ」
日焼けして真っ黒なのか、それともそれが俗に言うヤマンバメイクというものなのか、私にはわからない。容子が「イケてる」と言っているそれは、到底洋服とは言い難い、ただの布切れを巻いだだけの格好だ。
「この下はさ、水着なんだぜ」
まくって見せようとする容子の手を慌てて止めた。これは早まった約束をしてしまったかもしれない。このまま帰ろうか、と思っていると、
「先生、帰るなんて言うなよ」
容子に先手を打たれてしまった。容子は妙に勘が鋭いところがある。その注意力を勉強に使えば、そこそこの大学には行けるのにと思って、溜め息をついた。
「先生、これ買いにいこ」
容子が私の手を引っ張った。
「これ?」
容子が自分の身体に巻き付けた布切れを指差しているのを見て、軽い目眩を覚えた。
「まさか私にその格好をしろって言うんじゃないでしょうね」
「だってさ、そんなんじゃ余計目立つぜ。これ、パレオって言って今年の流行なんだ。全員これ着てるんだから、先生も着た方がいいだろ。じゃないと笑いもんだぜ」
やっぱり来るんじゃなかった。私は容子に手を引っ張られながら、もうどうにでもなれという気持ちだった。
連れて行かれたお店で、ああでもないこうでもないと水着やパレオを容子が物色している間、私はぼんやり店内を眺めていた。似たような年頃の女の子が、やはりクラブに行く為なのかパレオを選んでいる。容子に言わせると下に着る水着は肩ヒモのないビキニでなければならないそうだ。
若い店員の女性が私に近付いて来て、「何かお探ししましょうか?」と営業スマイルを浮かべた。私は投げやりな気持ちで、
「いいの、あの子に任せてあるから」
と苦笑した。
「お連れ様でしたか」
店員が大袈裟に驚いたフリをする。一緒に店に入って来たのは知っているはずだ。私はうんざりした気持ちになったが、条件反射で愛想笑いを返した。
「先生〜いいのがあった。これとこれとこれ、試着してみ」
容子が大声で先生と呼ぶので、私は思わず赤面してしまった。
「ご試着はこちらへどうぞ」
店員は何も聞こえなかったかのような態度で、私を試着室に案内する。
「私、これの巻き方わからないわよ」
容子に耳打ちすると、「一緒に入ろ」と、言い終わらないうちに試着室に入ってきた。狭い試着室の人口密度は一気に上がった。
最近では人前で着替えをした事などなく、戸惑っていると
「おい、さっさと脱げよ。手伝ってやろっか」
といたずらな笑みを浮かべる。ヤマンバメイクでそんな顔をされると、不気味でしかない。まさか私にもこのメイクをしろとは言わないだろうなと不安になりながら、ビキニを試着した。
「うえ〜先生、乳ちっせーの。何にもないジャン」
容子は人の気にしている事をズケズケと言って大声で笑った。
ビキニの上から容子がパレオを巻き付け、端を首の後ろで一つにした。
「ホントはここで縛るんだけどさ、買うかどうかわかんねえから、縛り跡付けちゃまずいジャン」
と外見に似合わぬ気配りを見せるので、私は可笑しくなった。店員は縛ったらいけないとは言わなかったのに。
「うーん、長いな。先生チビだからしょうがねえけどさ」
そう言うや否や、容子は試着室のカーテンをバッと開けて「すいませーん」と店員を呼んだ。私は声も出ないほどびっくりした。私にとってパレオ姿は裸同然の恥ずかしさだという事を、この時思い出した。
「いかがでしたか」
店員はあくまでも営業スマイルをくずさない。
「これさ、長いんだけど、チビ用のやつないかな? こんな感じの色で」
「ございますよ。少々お待ち下さい」
店員が冷静にゆっくりと去って行く間も、容子がカーテンを開けっ放しにしているので、私は小声で容子をつついた。
「ちょっと、そこ閉めてよ」
「何で?」
「恥ずかしいじゃないの」
「だから何で?」
「こんな格好で……」
「その格好で外出るんだぜ」
容子は呆れ果てて肩を竦めた。私は泣き出したい気持ちになっていた。


